心筋症・予防的治療は?

 猫の肥大型心筋症のお話、5回目です。

今は未だ症状を現してはいないのだけれど、たまたま実施した検査で肥大型心筋症だということが診断されてしまったらどうしようか、ということについてです。

 

<治療する?>

はじめに結論を言いますが、早期に発見できても、症状のない肥大型心筋症に治療をして良い結果が得られたという有意義な研究はありません。これは早期に治療介入しても、心筋の障害や心筋細胞の壊死を抑制する効果が論理的に証明されていないということです。そのようなわけで、心臓病の専門医たちでも統一見解がでていません。そんな身も蓋もないことです。

それで、猫が投薬に大変抵抗する、経済的に毎月の費用の捻出がきびしいとかいうことであれば、あえて何もしないで経過を見守るという選択肢もないわけではありません。もちろん、興奮させないようにするとか、空調管理などできることはお願いします。そしてしっかり観察を続けて貰い、何か異変があればすぐ治療できるように、何はさておいて、急いで病院に来てください。

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<症状のない心筋症が症状を出すとき>

症状のない心筋症が、どのタイミングで症状を出すのか、ということがいくつかわかっています。

・輸液または輸血などを行った。

・麻酔や手術などを行った。(医療ストレスが加わった)

・大きなけがをした。(自然発生的なストレスが加わった)

・上部気道疾患にかかった。(風邪を引いて呼吸器系に問題を起こした)

・プレドニゾロンなどのステロイド薬の投与をした。

それまで循環機能が低いところで安定していたのが、これらのストレス因子が加わると予備力がないため、水和などの循環バランスを崩す結果になるのだろうと思います。

ですからこれらを避けるだけでも意味があるかもしれません。かかりつけの病院以外で受診するときには必ず病歴のことは伝えてください。医療介入によるストレス因子を防ぐ、または慎重に行うことが出来ます。

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<投薬する!>

なんとか薬も飲ませられる、この程度なら薬の負担は乗り越えられる、という場合はやはり投薬をお願いしたいと思います。

それはこの病気が症状を出したときには非常に重症で、治療がないわけではないけれど、経過からの時間によって治療成績が極端に悪くなるから、エビデンスがあろうがなかろうが、予防する薬があるのなら予防しておいた方が臨床的には有意義だろうと思うからです。処方するのは心臓を護る薬、血栓形成を予防する薬などです。

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<投与する薬>

心筋に与えるストレスを軽くする目的で

    βブロッカー(アテノロール)

    カルシウムチャネル拮抗薬(ジルチアゼム)

    ACE阻害薬(エナラプリル)などを処方することが多いです。

それから血栓形成を予防する目的で

    抗血小板薬(クロピドグレル)を処方します。

サプリメント処方することもあります。

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<おうちの人が注意することがある?>

肥大型心筋症の心イベントから脱出、安定後にお薬をのむことになった場合も、無症状だけれど薬をのませますという場合も、心配だけれど薬はなしで見守るよという場合でも、えっ、こんな怖い病気があったのね知らなかったという場合でも気をつけていただきたいことです。

    不特定の初期症状を確実につかむこと。

元気がない、食欲がないなどのどんな病気にでも見られそうな症状を見逃さない、わかっていてスルーしない、忙しいことを理由に来院までの日数を伸ばさないというのが最初の注意点です。

呼吸が荒いという症状ですが、これは日頃の観察をしっかりしていないと異常なのか普通なのかもわからないです。テレビやPCやスマホから目を離してじっと猫を見つめる時間を作ってもらうといいかな、と思います。

おもちゃでじゃらして遊ぶときにへたばりやすいとか、そもそも遊ぶ雰囲気じゃないとかは「運動不耐」の症状なのかもしれない、という意識を持って観察してもらうとじっくり見るかもしれません。

    肥大型心筋症と診断されてからは安静に、です。

興奮させないこと、運動負荷をかけないことが重要です。勝手に自由にお外を走り回らせるなんてやめてください。それはいつ突然死が起こっても受け入れます、ということです。

屋内環境を整えてください。ことに空調管理が重要なわけですが、身体の酸素要求量を減らすようにすれば心臓の負担は軽減されます。暑いときは涼しく、です。

    勝手な判断で投薬を中止しないこと

薬が3日分しか残りがないけど7日後まで病院に行けないかな、というときに半分量で与えて再診日までもたせるとか、きっちりの量で3日与えて最後4日は薬なしで過ごさせるとかは絶対に「してはいけないこと」です。ほかの病気も含めて、案外こういうことがあるのですが、心臓に限ってこれはだめ。病気をナメてはいけません、なのです。大切なことです。

    情報を手に入れる

病院に来たときは猫についての新しい情報を何か一つ仕入れて帰ってもらえると嬉しいです。掲示板や病院配信テレビやハートニュース、待合室にぶら下がっている猫のためのおすすめ読み物などありますので、その日の気分でちらっと見たりじっくり読み込んだりしてください。気軽にスタッフに聞いてみるのも良いです。スタッフと仲良くなるとそれだけたくさん、ざっくばらんな話が聞けると思います。猫に関する今どきのこと、知らなかったこと、とにかく猫に関心を持ってもらい、いろんなことをしてもらえるとうれしいです。

 

 

次々お話しが出てきてしまいました。これで猫の心筋症のお話しを終わりにします。

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肥大性心筋症のスクリーニング検査

 間が開きました。
猫の肥大型心筋症のお話4回目です。

事前に検査をしておくとひどい症状で倒れる前に対処することができるのでしょうか。これは無症状の心筋症を見つけ出す(拾い上げる)という作業です。専門的にはスクリーニングといいます。

 

<どんな検査ができる?>

    問診と身体検査、視診、触診、聴診

    血圧測定

    血液検査

    心バイオマーカー

    レントゲン検査

    心電図検査

    心エコー検査

    遺伝子学的検査

ざっと思い浮かぶのはこのくらい。

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<問診と身体検査など>

ここで重要なのは遺伝的に疑いのある品種かどうかという点です。メインクーン、ラグドル、アメリカンショートヘアー、ペルシャ、ノルウェージャンフォレストキャット、ブリティッシュショートヘアーあたり。在来の日本猫もこれらの血が混じってしまっている交雑種もいたりして、真相はわかりませんが全体数が多いので日本猫の発生もそれなりにあります。

同じ兄弟に比べて体格が小さくはないのかとか、運動性、活発に動けるかどうかも気になります。

最初に静かにしているときの呼吸様相を観察したいです。触る前、興奮させる前に観察です。あとは脱水の確認。脱水があるとレントゲンをとったときに心臓の形が普通より小さくなっていて心筋症を見逃すことになってしまうんです。貧血はないか、可視粘膜の観察をします。貧血があると心臓性ではない心雑音が聞こえます(貧血性の心雑音)。おそらくは普通に歩いてジャンプもできる状態で連れてこられているわけですから、拍動のチェックは不要だとは思いますが、念のため股動脈を触り血圧を確認しますね。

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<血圧測定>

血圧を上げる病気によって二次的に心筋が肥厚することがあります。心筋が肥厚していることと肥大型心筋症とは別物です。こちらの可能性がないかどうか確認します。

 

<血液検査>

血球の検査で、貧血チェックです。

生化学検査ではいわゆる腎臓や肝臓の数値、血糖値など総合的な項目をチェックします。

電解質の検査も実施します。

甲状腺機能亢進症になっていないかどうか判断するために甲状腺ホルモン(tT4)値も調べたいです。

何か数値が上がっていたとしても、必ずしも心筋症に結びつくかどうかはわかりません。でも日常の健康診断項目ですので、ここまでの検査を6ヶ月か1年ごとに受けるのはとてもおすすめです。

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<レントゲン検査>

胸部レントゲン検査では心臓の大きさや形をチェックします。バンザイの姿勢で背中を下に胸を上にして撮影したもの(VD像といいます)では、心房が拡張した肥大型心筋症に特有のハート型フォルムを見ることがあります。(バレンタインハートと呼んでいます。)この形が見られると心筋症が確定ということはありませんし、この形が見られなかったら心筋症ではないということもありません。横に寝て撮影する場合も、心房部分が突出しているのがわかることがあります。

問題を持たずに、元気で来られていると想定すると、肺水腫や胸水の貯留の所見は見られないはずです。

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バレンタインハート型の心臓です。
 

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横から撮った写真、心臓の隣の白い陰が肺水腫です。
呼吸が苦しいので胃内に空気を吸い込んでいます。




<心電図検査>

聴診でリズムの乱れがなくても心電図検査は心筋症を検出するのに有用な検査になります。猫の心拍数はとても早くて、1分間に200を超えるようなとき、聴診器を当てながら、ごそごそっと動く猫に苦労しながらカウントするくらいなら、心拍数を心電図検査にゆだねるのは効率が良いかな、と思ってしまいます。実際、猫に不整脈が見られた場合、95%は心筋症などの心臓病を持つといわれていますから、疑われる場合は積極的に検査をするべきかもしれません。

正常な心拍いくつ当たりに一つの異常心電図が見られるのかはわからないので、猫がある一定時間端子につながれたまま、静かに横になってくれるとありがたいです。

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<超音波検査>

最も有効だと思われるのは超音波検査です。心エコー検査とも呼ばれます。

この検査を実施する時にいくつか問題があります。検査時間を猫が静かに過ごすことができるかという点と、超音波検査の機械が一般検査用のものか心臓病に特化した高性能なものかという点、そして検査実施者の技術的な面です。肥大型心筋症の診断に関しては細かな診断基準があり、エコーの切り口がずれると測定値に影響します。0.5mmで判断が変わることを思うと、一般病院では誤差が生じやすく、正確な結果を出せないでしょう。ここは循環器専門病院で、心エコー検査を得意とする同一の獣医師が検査に当たり、経時的に検査を繰り返すのが最も良い方法だと思います。

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<心臓バイオマーカー>

心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(NT-proBNP)、心筋トロポニンI(cTnI)などの心臓バイオマーカーがあります。

心房性ナトリウム利尿ペプチドと脳性ナトリム利尿ペプチドは心筋が伸びる刺激によって放出される心臓ホルモンで、それぞれ心房筋と心室筋で産生されています。心筋トロポニンIは心筋内にある蛋白で、心筋に傷害があると放出されます。

それぞれの特徴から、心房性ナトリウム利尿ペプチドは肺水腫(うっ血性心不全)のマーカー、脳性ナトリウム利尿ペプチドは心室筋障害のマーカー、心筋トロポニンIは心筋傷害のマーカーということになります。

障害が発症したときにはとても有用なマーカーとなると思われます。しかし無症状で過ごしているときに心臓マーカーが反応して上昇しているかどうか、グレーゾーンで判断が難しい判断になるかもしれません。現時点で心筋に無理がないと数値は上昇していない、けれど数値が低いので大丈夫だと判断するのはまずいと思います。

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<遺伝子検査>

メインクーンとラグドルは遺伝子検査を受けることができます。

発見したら繁殖をしないということでは意味ある検査です。陽性ならばハイリスクということで、心イベントを発生させない努力ができるのは個体にとっても有効でしょう。それでも個別の病気を調べることを重きにおいた場合の費用対効果を考えると大変高価な検査です。

 


さて、こんなにもたくさんいろんな検査を実施して、「異常がでませんでした」ということになってもなお、肥大型心筋症は否定することができないのが最終結論です。


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<まとめ>

肥大型心筋症を無症状のうちに発見するスクリーニング検査は存在するのでしょうか。

一般的に、放っておくといずれ重篤な状態が訪れるだろう病気をスクリーニング検査で早期発見でき、早期に治療介入をすると長生きできるということになれば、その検査が手軽で安価であればあるほど大変有用です。尿比重の検査をして早期に慢性腎臓病を発見し、その後IRISのガイドラインに沿って腎臓を保護しながら病気のコントロールする、といった具合です。腎臓病は早く発見すればその後何年も生きていけますからね。

で、猫の肥大型心筋症の場合はどうでしょうか。聴診で心雑音をキャッチするのは肥大型心筋症に対して感度は高くありませんが安価で良い検査方法です。でも心雑音は全く問題のない猫でも聴取されることもあり、心雑音がもとで次の検査に進んでも異常がないことが明らかになることもあります。これは異常を知る入り口の一つとして有効ですが、これだけではスクリーニング検査として成立しません。しかし今回揚げた8つの検査、これだけの検査を行うと、何か異常をピックアップすることができるかもしれませんが、費用はかなり高くなります。またすべてにおいて異常がなくても否定できないわけですから、決してコストパフォーマンスに優れている検査とはいえません。そして肥大型心筋症そのものは重症のときはそれが原因で死亡してしまうかもしれない病気です。事前の検査として定期的に実施するにしては効率が悪いかもしれませんね。

 以上のことを総合的に判断すると、見かけ上健康な猫に簡単に実施できる検査で、肥大性心筋症のマーカーとして感度の高い方法はないなぁ、というのが結論です。

 

 

さて、次回で最後にしようと思いますが、今回のような検査を受けて、もし肥大型心筋症を発見できてしまったらどうしたらいかということについてお話しします。

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動脈血栓塞栓症というのは・ほか

 猫の心筋症のお話し3回目です。

肥大型心筋症に併発する動脈血栓塞栓症、安定期の内科治療についてお話しします。

 

<動脈血栓塞栓症>

動脈血栓塞栓症というのは、血管または心臓内でできた血栓(血の固まった物)が血流に乗って流れ、突然遠方の動脈を詰まらせてしまう状態です。詰まった部分から先の方へは血が通いません。そのままになっていると、血が届かなくなった組織は血液不足から来る(虚血性)障害が起こります。

健康な動物では血栓が作られたり溶かされたりというのはうまくバランスがとれています。血管内で血栓が作られないように常に調節されているのです。このバランスが崩れると血管の中に病的な血栓が作られます。血栓が作られるときの3条件があります。血液の凝固が亢進していること、血管の内張り細胞が傷ついていること、血液の停滞があることです。

血栓症の原因で多いのは肥大型心筋症です。肥大型心筋症では、心筋症の進行によって、左心房が拡大します。それで心房の筋肉が伸びて、内皮細胞に変化が起こり、血栓の主役とも言える血小板がくっつきやすくなっています。また僧帽弁逆流から左心房では乱流が生じていて、拡大した左心房で血液が渋滞しています。とても血栓が作られやすい状況が生まれているのです。

詰まりやすい部分があります。腹大動脈が左右の後ろ足に枝分かれする場所です。真ん中1本だった血管がそこから右左に半分ずつ(正確にはちょっと違いますが)分かれるところです。

エコノミー症候群というのは静脈血栓です。静脈でできた血栓が流れに従って最も細くなった場所(肺)で塞栓をおこすものです。血栓による障害なので似ているけど、ちょっと違うんですね。

動脈血栓塞栓症はとても急激に発症し、死亡率の高い病気です。連れてこられたときの状況がショック様のこともあります。これは、厳しい状況だといういくつかのポイントがあります。(予後不良因子といいます。)体温が低下している、心拍数が少なくなっている、ほぼ動けない状況である、うっ血性心不全を併発している(肺水腫や胸水が認められる)、後ろ足2本とも脈がない、血液検査で高リン血症や高カリウム血症があることがわかった、抗血栓療法を行っていないなどが今後の見通しに関する不安要素です。

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<血栓溶解治療の後に>

さて、血栓溶解療法が成功し、血栓が溶け、血が通わなくなっていた後ろ足に循環が戻ると「もうこれで麻痺が治る」「あとは歩けるようになるのを待つだけ」という雰囲気があるかもしれません。ですが、まだ次なる問題が待っています。それまで血が通わなくなった組織で放出されている物質があります。血液が再循環し始めるとこれらの物質が全身に運ばれ、血中の酸素と反応して有害物質を作ります。これが心臓や肝臓、腎臓などの障害を誘発するのです。全身性炎症反応症候群とか多臓器不全症候群です。こうした一連のことを「再かん流傷害」といっています。一度発生した身体に良くないことは、元に戻るときにもまた試練があります。

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<安定期にある場合の内科治療>

なんとか急性期を乗り越えたら心臓保護の治療が中心になります。今後の内科治療の目的は心筋の緊張を改善して狭くなった左心室腔を広くすること、心筋に栄養を送る血管の状態を良くすること、うっ血を改善すること、低酸素症を緩和すること、重大な不整脈の発生をさせないようにすることなどです。βアドレナリン拮抗薬(βブロッカー)やカルシウムチャネル阻害薬を使います。

また今後血栓を作らないようにする治療も行います。有効なものはないといわれていますが、それでも血栓形成予防は実施します。

それから根本的な心肥大を回復させることですが、残念ながらこれは今のところありません。

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<ちょっとまとめ>

猫の心臓病としてわりと発生頻度の高いのが心筋症で、そのうちの大部分は肥大型心筋症です。犬の心臓病としてよく知られている僧帽弁閉鎖不全症とは全く違う病気で、初期症状そのものがはっきりしていません。そして症状が出たときにはすごく病気が進行した状態です。

心筋のダメージ度によるものなのか、適切な治療を行っているのに治療中に突然死を起こすことがあるし、データとして上がってきている中央生存期間に比べ短命に終わってしまうことがあります。悲しいです。

世界中の心臓病専門医が掲げる標準的な治療法、つまりしっかりした研究に基づいた治療法のガイドラインがありません。心臓病専門医の先生の推奨する治療法を自分の経験に基づいて取捨選択し、治療を行っています。同じ肥大型心筋症といっても症例によって年齢や体重、病態が違います。薬に対する反応、そもそもどの薬を受け入れられるか、どの容量で与えると有効な反応があるのかも違うので、いくつかの共通した薬の中から使うことにはなりますが、最終的には個別治療になります。

 

今日のお話はここまでです。

次回は症状が出る前に肥大型心筋症を検出することができるかについて。

 

 

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うっ血性心不全というのは・ほか

 猫の心筋症についてのお話、2回目です。

 

<うっ血性心不全って何ですか?>
わたしたち獣医師は「うっ血性心不全」って言って軽く流します。ここから説明してると時間が足りないからかもしれません。でも「うっ血性心不全」というのは結構重篤な状態です。
心臓は身体を維持するために必要な量の血液を送り出しています。そして血液には全身の組織、細胞が必要としている酸素や様々な栄養素が溶け込んでいます。もし心臓に不具合があって十分な血液が送り届けられないということになると、ライフラインが寸断されて、供給が途絶えてしまった状況になります。血管以外の別ルートでの輸送はありませんからね。
うっ血性心不全は心疾患の末期的な状態で、心臓からうまく血液を拍出できません。送り出す手前のところで血液のうっ滞が発生します。左心系の手前は肺ですから肺水腫が発生して呼吸困難になります。治療に成功しないと、猫は呼吸不全または心停止により死亡することになります。

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<来院の動機は?>

当院で「肥大型心筋症です」とお伝えすることになった猫たちは、どのような症状を出して来院されたのかというと、実は全く違う状況で来られています。大きく分けて4通りのパターンがあります。

多くは

    呼吸困難や頻呼吸によって連れてこられます。
このとき、

だらだらしている。動かない。(動きが悪いレベルのものもあります。)

食べない。(全く食べないわけではないレベルのものもあります。)

といった呼吸困難以外の症状も併せて言われます。

呼吸困難の程度は軽いものから、重篤で今にも死にそうなくらい苦しそうなものまであります。

②動脈血栓塞栓症()を併発している時には

腰が立たない。後ろ足が効かない。前足だけでいざるようにして動く。

という急な後肢麻痺で連れてこられます。

この場合、こうなる直前に「ギャン!」という悲鳴を聞いたと教えてくださる方があります。

③別件で来院、例えば手術や何かの為に検査を目的にして来られることもあります。そのときは

全く無症状

です。検査をしたら偶然心筋症を発見しましたというケースです。

④事前に臨床症状が全く見られないまま突然死が起こることが有り、

死亡した状態。

という場合があります。

事故に遭ったわけでもなく、全く何が起こったのかわからない、突然死を迎えたというものの何例かは心筋症だったのではないかな、と思うことがあります。亡くなってから死因を求めることはできませんが、「おそらく心筋症だったのではないでしょうか」ということがあります。

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<身体検査してみたら>

①の状況で連れてこられた猫を観察すると呼吸が速いです。非常に苦しそうなこともあります。舌の色が紫になるほど酸素状態が悪化していることもあります。心雑音や心臓のギャロップ音(馬が駆けるときのリズムです)が聞かれることがあります。心拍が微弱ではっきりとらえられないようなこともあります。虚脱し脱力した状態のことが多いです。

②の動脈血栓閉塞症を併発しているときは、後ろ足に麻痺が確認されます。このとき足先が冷たかったり、太ももで脈を触れることができなかったりします。肉球の色が青白い、紫がかった色になっています。まさに血の気がひいた色合いです。直腸温が低下していることがあります。時間が立ってから連れてこられ、病状が進行したものでは足先が堅くミイラのようになっていることがあります。食事はできず、非常に痛そうにしています。

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<検査が先か治療が先か>

猫の状態が悪いとき、酸素で呼吸を楽にさせながら最低限の検査を行うにとどめます。心筋症を診断し分類をするよりも、できるだけ早く生命の危機的状況を抜け出させることが大切だからです。胸部のレントゲン検査、心電図検査、血液検査、超音波検査など、診断のための検査、現在の状態を知るための検査はいろいろあり、どれもすぐに実施して情報を知りたいのですが、呼吸困難が重篤な場合は無理な姿勢をとらせず、かつ短時間で行える検査をするにとどめ、まずは酸素療法を行います。そしてわかったことから判断し、治療を優先します。猫の状態が落ち着いてから少しずつ、検査項目にも優先順位をつけて、ほんとに少しずつ欲張らずに検査を実施していきます。

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<重症な猫の内科的な治療>

レントゲン検査から肺水腫や胸水などのうっ血性心不全の兆候が確認されたなら酸素療法の次に行うのはうっ血解除の治療です。何はともあれ利尿薬です。そして落ち着いて薬を飲めるようになったら血管拡張薬や強心薬などを使います。

併発症として動脈血栓塞栓症が確認されたなら急性心不全の治療に加え、血栓溶解の治療を行います。血栓溶解療法は時間との闘いです。できるだけ早く治療を開始することができれば血栓を溶かすことができますが、難しい場合もあります。それと同時に痛みに対する治療も行います。神経に血が通わなくなった状態(虚血性神経症といいます)は激しい痛みを伴います。痛みストレスは病状を悪化させます。

急性心不全の治療中または一旦落ち着いてからの治療の最中に、急な心房細動が発生することがあります。心房細動は心臓が動いているようで単に心筋がけいれんを起こしているような状態です。心臓から拍出される血液量はぐーっと減少します。治療中で心電図モニターが作動していてこの状態をいち早くキャッチすることができれば治療に持ち込めますが、治療しても心臓の動きが正常に戻るかどうかは心臓次第です。(おそらく突然死した猫は心房細動を起こしたのだろうと思います。)

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<外科的な治療>

心臓に対して外科的な治療をとることはできませんが、塞栓した血栓を除去するために外科的な介入を行うことがあります。同時に急性心不全が発生していると麻酔に関して非常に高いリスクがあります。また血栓溶解療法を試みてからの手術には出血のリスクが伴います。

 

*動脈血栓塞栓症については後日お話しします。

 

今日のお話はここまでです。重い病気なので、内容が暗く、つらいものになってしまいました。

次回は肥大型心筋症に併発する動脈血栓塞栓症、安定期の内科治療についてお話しします。

 

 

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猫の心筋症

猫の心臓病の中で数多く遭遇するのは心筋症です。人の心筋症の有病率は500人に1人(0.2%)だそうですが、猫の心筋症の発生率を調べてみたらあら、びっくり。もっと高くて、9%くらいという報告や、15%くらいという報告もありました。それじゃぁ忘れてもいないうちに心筋症の猫さんが来るわけです。

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<猫の心筋症の特徴>

猫の心筋症は早期診断が難しい!のが特徴です。
   
まず発症年齢がまちまちです。多くは中年齢で発症するのですが、もっと若い年齢でも(1歳未満)、高齢になってからでも見られます。ですから犬のように
「年齢が来たら心得ておく」とか、「中高齢になったら検査を受けて早期発見する」とか、「発見されたらステージに合わせた治療に入り悪化するスピードを抑え健康寿命を延ばす」といったルールがありません。

    徐々に進行していく病態の中で症状らしい症状がありません。犬の僧帽弁疾患のように「咳が出る」というような指標があるとそれをもとに診察にいらしていただけますが、非常に重篤な状況になるまで症状が現れないことが多いです。犬の心臓病では散歩を嫌ったり、散歩に行っても疲れやすくとぼとぼ歩くとか、散歩の途中で座り込んで歩かなくなったりする「動けない状況」(運動不耐といいます)があるのですが、猫の生活ではそのような観察ポイントはありません。

    心筋症の場合、定期検診で聴診しても、必ずしも心雑音が聞かれるわけではなくて、実は猫の場合心雑音が聞かれたとしても心臓に異常が認められないこともあるため(機能性雑音といいます)、そのほかの様子に問題が無ければ「OKですね」ということになるかもしれません。ましてやそこから発展して、若い年齢の猫の胸部レントゲン撮影や心電図検査を行うことはあまりないかと思います。猫というのはあまり検査に協力的でない動物ですから。(検査を実施しないことの言い訳っぽくなっているかもしれませんが。)

    そして、たとえ胸部のレントゲン検査をしても、明らかな心拡大や、うっ血性心不全(の所見が見られないと、心筋症を検出するのは難しいことです。

    それに猫は病気を隠す動物です。調子が悪いと動かず寝て過ごします。もともと日がな一日寝て過ごすのが猫という生き物ですし、しんどければなおさら、ただ寝ているだけなので状態を知ることが難しい。

 

そのようなわけで、いきなり「死にそう」なまでに発展した病状の猫に対して、「もっと軽いうちに病院に連れてきてあげられていれば」とか「初期症状を見逃してしまったのかも」というようなことはないので、そのように考えておられる飼い主さんが自責の念に駆られているようでしたら、それは今、きっぱりと捨ててしまってください。

 

………と、まずそのような話をしたところで、病気についてお話をすることにします。

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<猫の心筋症の分類>

これまで心臓のかたちと、運動性の異常にもとづいて猫の心筋症は分類されてきましたが、最近はもっと細分化されています。それでも一番多いのは

肥大型心筋症(Hypertrophic cardiomyopathy : HCM)で、次に

拘束型心筋症(Restrictive cardiomyopathy : RCM)、そして

拡張型心筋症(Dilated cardiomyopathy : DCM)と続きます。

割合的には肥大型心筋症と拘束型心筋症で8割を占めます。

全身性高血圧症や甲状腺機能亢進症に続発する心筋の肥厚は二次性心筋症として、原発性心筋症とは別のものという分類になっています。

このあとは最も多い肥大型心筋症に的を絞ってお話しします。

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<好発品種と発症の原因>

なんといってもメインクーンです。メインクーンは肥大型心筋症の原因として「ミオシン結合タンパクC遺伝子」の変異が特定されています。おそらくラグドルとアメリカンショートヘアーも同じ変異があるのだろうといわれています。ペルシャ猫にも家族性の発生があるようです。

猫の肥大型心筋症の原因は遺伝子によるものだけなのかどうかは不明です。それはミオシン結合タンパクC遺伝子の変異が認められていなくても発症しているケースがあるからです。もちろん、これ以外のまだ見つけられていない遺伝子の変異があるのかもしれません。そして遺伝とは無関係に発生する場合もあるのかもしれません。

加藤キララ
メインクーンのキララちゃんです。
キララちゃんは検査上異常は認められていません。



どのようにして心臓が悪くなるのか、肥大型心筋症の病態生理についてお話しします。少々お話しが長くなります。犬の心臓病の時もそうでしたが、血液の流れと血行動態から心臓とその周辺組織がどのように反応して病的な状態になるのかを知ることは病気を理解する上で大切なことですが、肥大性心筋症と診断されてまだ気持ちが落ち着いていないときには、内容が煩雑なので、ここは飛ばしてもらってもいいかなと思います。

それにしても肥大型心筋症は進行性の病気で、最終的にはうっ血性心不全に至り、悲しいかな、呼吸不全かまたは心不全で亡くなります。


<肥大型心筋症の病状が発生するしくみ>


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正常な循環の模式図です。
下の図と比べながら、肥大性心筋症のときに現れる心臓の変化を確認してください。


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肥大型心筋症の時の模式図です。
ガス交換がうまくいかないため、肺から出る血管を赤から紫にしています。

 
① 最初に左心室の心筋壁が肥厚します。筋肉の肥厚にはたいてい原因があります。まだ歩けない赤ちゃんを抱っこするとお母さんの二の腕が太くなる、というように。けれど肥大型心筋症の始まりである左心室の肥厚はどうして起こるのかがわからないまま、始まります。肥厚は心臓の内側に向かって起こります。ですから心臓の内腔は狭くなります。(心臓の超音波検査で壁の肥厚をとらえることができます。心室中隔と左心室自由壁どちらか1方かまたは両側、わかりやすいのは両方厚みがある場合です。くわしくはもっといろいろな切り口で肥厚を分類します。)

② 心室の筋肉内には心臓の筋肉に栄養を送っている毛細血管がありますが、肥厚により圧迫を受けるため十分な栄養を心筋に送ることができません。心筋虚血という状態になります。心筋そのものに障害が起こり、心臓の内腔を広げようとしてもうまく拡張させられません。(心筋細胞のダメージは血液検査でとらえることができます。また心電図検査を行うと心室性の不整脈をとらえることがあります。超音波検査では不十分な拡張を確認できます。)

③ 肺でガス交換された酸素たっぷりの赤い血は左心房を通って左心室に入りますが、血液が送り込まれても左心室に十分な容積がないので、左心房と左心室を隔てる僧帽弁を通って血液が逆流してしまいます。この血流のために僧帽弁は損傷を受けて弁に隙間が生まれます。(隙間があると血液は逆流し、聴診で心雑音が聞かれます。)

④ 左心房は逆流した血液を受け止めますが、肺静脈からも血液は送られてくるので血液でいっぱいになります。こうして左心房が拡張します。(レントゲン検査で左心房の拡張した心陰影を確認することができます。)血液をしっかりと受け止めようとして左心房の壁も厚くなります。

⑤ 左心室に送られるはずの血液が渋滞し、うっ血性心不全の兆候である肺水腫や胸水を起こします。肺胞でのガス交換がうまくできないため、身体はしっかり酸素を取り入れることができなくなります。(息が苦しくなります。レントゲン検査で肺野が白く映し出されます。これは危険な状態です。)

⑥ また左心房での血液のよどみは、内腔の内皮細胞が壊れることやや血液が固まりやすくなるその他の条件が重なると血栓を形成します。(超音波検査で「もやもやエコー」をとらえられるかもしれません。動脈血栓塞栓症*の併発です。さらに危険度は増します。)

⑦ 左心室の内容量が少なくなると、1回の拍出で全身に送られる血液の量は少なくなります。全身、特に脳などで必要としている酸素や栄養素が届きません。(虚脱や失神、場合によっては突然死が起こることになります。虚血は明らかな致死的不整脈によってとらえられます。)

 

うっ血性心不全

*動脈血栓塞栓症については後日説明します。

 

話が長くなりましたので、今回はここまでです。

やっぱり肥大型心筋症は怖い病気です。

次は「うっ血性心不全」ってナニ?っていうお話しと、「お宅の猫ちゃん、肥大型心筋症です」と説明することになった猫さんがどういう理由で病院に連れてこられたのかというお話し、そのとき病院ではどのようなことをするのかということをお話しします。

 

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