狂犬病のこと

 先日、厚生労働省主催の「人と動物の一つの衛生を目指すシンポジウム」に参加してきました。セカンドテーマに「人獣共通感染症と薬剤耐性菌」が掲げられたシンポジウムです。

厚生労働省の方をはじめ世界保健機構(WHO)、国立感染症研究所、国立国際医療研究センター、日本医師会、農林水産省、日本獣医師会、関連大学等の諸先生方から普段は聞くことができない貴重なお話を伺うことができました。

IMGP8375.jpg

近年世界共通の新興・再興感染症が発生しています。その脅威についてはマスコミを通じて知っておられると思います。鳥由来の新型インフルエンザ、ニパウィルス感染症、ウェストナイル熱、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などは耳に新しいのではないでしょうか。これらはみな人と動物に共通した感染症で、病原体は野生動物と共存していた微生物です。自然界でカモやコウモリなどの野生動物に共存していた病原体が家畜や家禽に感染し、さらにそこから人に入り込み感染症を引き起こすことが多くなってきたのです。これにはいろいろな原因があります。世界規模で自然破壊がされ森林の境界まで人が住むことになり野生動物や吸血動物などとの接触機会が増えたこと、紛争の多発により公衆衛生の基盤が壊され衛生状態が悪化している地域が増加したことなどのほか、先進国側でも食材の多様化でジビエなどを不適切な調理方法のまま食べること、野生動物をペットとして飼育するようになったことも一因です。このような状況の中、世界保健機構(World Hearth OrganizationWHO)、国際獣疫事務局(World Organisation for Animal Health : OIE)、国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations : FAO)が緊急課題にした3つは狂犬病と人獣共通感染症のインフルエンザ、薬剤耐性菌でした。

 IMGP8376.jpg
このタイトルの一番上、Rabiesというのが狂犬病のことです。
AMRは薬剤耐性菌のこと、Zoonotic influenzaは動物由来のインフルエンザです。

漢字だらけ、硬い内容のお話から入りましたが、今日お話ししようと思うのは、狂犬病のことです。4月ですので忘れないでね、という意味もあります。

 

<本当に安心ですか?>

狂犬病というと、「もう日本では発生がないよね」「外に出ない犬だから狂犬病の予防注射はやらなくていいよね」「うちの犬は人を噛むような子じゃないから予防注射はしなくていいよね」などの狂犬病予防注射不要論の声も聞かれますが、先ほどお話ししたように狂犬病は世界的にみると非常に注目度の高い動物由来感染症です。今一度、狂犬病についての正しい知識を確認していただけると、どうあれば安心なのかがわかっていただけるのではないかと思います。
とくに犬を飼育する飼い主さんをはじめ、犬は飼っていないけれど大好きで散歩中のよその犬に挨拶したくなってしまうという方や、できるだけ犬を避けて生きておられる犬が好きじゃない方や(この方はこのブログをお読みになる機会はないかもしれませんが)、今期新しく狂犬病予防注射の管轄の集合注射に同行されることになった行政のフレッシュマンさんたちに参考になればと思いました。
それで今日は狂犬病についてです。

IMGP8396.jpg
今月は狂犬病について掲示してあります。
 

<狂犬病の概要>

病原体は狂犬病ウィルスで、人を含めたすべての哺乳動物に感染がおこります。コウモリと犬が主な媒介動物で、噛傷によって感染します。発生した場合は、神経症状を起こして死亡するとても恐ろしい感染症です。この神経症状についてはこの後でもう少し詳しくお話しします。

日本では1957年以来国内の感染は起こっていませんが、2006年に海外から帰国した人が発症、死亡しています。

2000年に「狂犬病予防法」は改正され、検疫対象動物に犬のほか猫やアライグマ、キツネ、スカンクが追加されています。さらに2003年には「感染症の予防と感染症患者に対する医療に関する法律」が改正され、イタチアナグマ、コウモリ、タヌキ、ハクビシン、プレーリードッグなどがすべての地域から輸入禁止になりました。

 IMGP8401.jpg
厚生労働省の動物由来感染症についてのハンドブックです。
ダウンロードして待合掲示板のところに置きました。
お手にとって知りたいところをご覧ください。

<感染経路についてさらに詳しく>

噛傷からの感染です。
咬まれて感染するというのは猫の免疫不全ウィルス感染症の感染と同じで、ウィルスが唾液中に排泄されるということです。
しかし噛まれることが第一の感染経路ではあるけれど、小さな傷があるとウィルス排泄している動物の唾液に触れたらここから感染します。
それから犬は身体をぺろぺろ舐める動物ですから、舐めた部位に唾液中のウィルスが付着しています。犬に引っかかれると爪からでも感染が可能ということです。

 IMGP8400.jpg
ハンドブックの一部です。

<狂犬病の症状を知ることは少ないです>

狂犬病に感染した場合、どうなるのかという話を聞く機会は少ないと思います。
狂犬病の最も特徴的な症状は水を怖がることで、そのため「恐水症」と言われることもあります。

臨床症状は経過から3期に分けられています。
➀前駆期と呼ばれるステージでは不安や異常行動、食欲不振などが出ます。
②続いておとずれる狂騒期では、むやみやたらと動き回ります。土ほじりや遠吠えなどを意味なく行います。恐水症としての症状がみられるのもこのステージです。非常に攻撃的です。
③その後麻痺期が来ます。よだれがたくさん出ます。腰がくだけ体が麻痺し、食事もとれなくなります。
このような経過で(感染後すぐに対処できたものを除いて)
100%死亡します。

再度申しますが、このようにすさまじい症状を呈して亡くなっていく狂犬病は犬の病気ではなく人を含めたすべての哺乳動物が感染する病気です。

このようにご説明はしましたが、私自身は狂犬病の犬を生で見たことはありません。
私を含め、今臨床をしている獣医師のほとんどはこの狂犬病の犬の診察をした経験はないだろうと思います。すでに日本から狂犬病がなくなってから獣医師になった者がほとんどだからです。しかしすべての獣医師は悲惨な状況の犬たちや看護されている感染者の姿を、動画を経由して見たことがあります。そのショッキングな映像に誰もが驚き、身近な人や動物をこのような姿で亡くしたくはないと思っています。

 IMGP8378.jpg
青く塗られているのが狂犬病の清浄国です。
赤い国、ピンクの国では発生があります。

<どこの国で発生がある?>

狂犬病の発生がある国はどこなのかというと、答えは「ほとんどの国」です。インドでは毎年発生しています。特に死亡者数の高い国は東南アジアに集中していて、お隣の中国やミャンマー、バングラデシュ、フィリピン、パキスタンでも100人以上が狂犬病でなくなっています。2010年WHOの推計によると、世界では毎年数万人の人が狂犬病で死亡していると見積もられています。
台湾はこれまで清浄国でしたが、近年になって(
2012年~2014年)狂犬病が発生し、清浄国ではなくなってしまいました。自宅縁側で昼寝をしていた人が腹の上に乗ってきた動物をハクビシンだと思って払いのけたところ、これが狂犬病に感染した野生のイタチアナグマだったのです。このことから自然界のイタチアナグマの調査が始まり、300頭を超える野生のイタチアナグマの感染が確認されました。

最近では臓器移植から感染する人も増えているということです。死体からの腎臓や肝臓の移植などで、ドナーが狂犬病感染者だったというものらしいです。

 IMGP8382.jpg
台湾での狂犬病発生について。

<諸外国の発生なら安心?>

世界的な人や物の輸送がハイスピードでできてしまう現代では、発症する前の無症状の段階(潜伏期間)で移動が可能なので、短時間で病原体が離れたところに運ばれます。そして発症したときはすでに感染者がアクティブに行動した後ですから、あっという間に拡散することになります。今の日本の状況から考えて、人口密度の高いエリアで潜伏期間の感染者が活動し、公共交通機関で移動したとすると、ひとたび流行が発生した場合には感染規模が大きくなることは容易に予想がつきます。
決して対岸の火事ではいられません。

IMGP8399.jpg
今月の掲示板。
動物由来感染症の予防についてです。
 

<日本が清浄国になったのは>

現在狂犬病清浄地といえるのは、英国、アイルランド、スカンジナビア三国、オーストラリア、ニュージーランドで、アジア圏では日本だけです。その日本も1956年までは発生国でした。様々な対策により非発生国になることができました。先人たちの活躍に感謝です。もしまだ狂犬病の発生国であったら、犬の飼育をためらわれた飼い主さんもおられるかもしれません。私たちに感染する危険のある病気が蔓延していたら、犬との生活は楽しいものではないはずですから。
このように日本が清浄国になることを導いた対策の一つが、犬の登録制と犬への予防注射接種です。そのほか今は大変非難の多い放浪犬や野犬の捕獲ですが、これも狂犬病対策の一つでした。また動物の輸入検疫を厳しく徹底していることも大変重要な役割を果たしています。

IMGP8398.jpg
身近なところに潜む危険ですが
こんなことに気をつけていただくと安心です。


IMGP8397.jpg
動物病院でも安心のお手伝いができます。
 
 

<おわりに>

清浄国になったのはまだわずか60年足らずです。
狂犬病はたいへん恐ろしい病気ですが予防接種でコントロールすることができます。これを忘れてしまうと日本もいつか清浄国から感染国に変わるかもしれません。義務になっている狂犬病予防注射。「めんどくさい」「やらなくてもいいんじゃ?」という発想ではなく、「この
1本が日本の安全につながっている」ことを意識してもらえると嬉しいなと思います。

スポンサーサイト

テーマ : 動物病院
ジャンル : ペット

プロフィール

ハート動物病院

Author:ハート動物病院
ハート動物病院です。
〒445-0062
愛知県西尾市丁田町杢左51-3
TEL/0563-57-4111
オフィシャルサイト:http://www.heart-ah.com/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブログランキング
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード