猫伝染性腹膜炎・その1

 はじめに花子ちゃんのお話をしましょう。

 

はなちゃんは10歳半のロシアンブルー、とても健康に過ごしてきました。体重も4.8kgをずっとキープしていて、毛づやも良好、処方食を購入がてら定期的に爪切りに来てくれていた猫さんです。

今月に入って「なんだかいつものフードを喜んで食べないの」とお母さんから電話が入りました。それでも同居の別の猫さんが食べている食事なら口にするとのこと、「そっちを食べさせても良いかしら?」というご質問でした。「食事内容が飽きてきたのなら良いのですけど、病気だと困るから様子を見ておかしかったら診察にいらしてくださいね」と電話での会話を終えました。3日後、「やっぱり食べないわ」とお母さんが心配顔ではなちゃんを連れて来てくれました。

さて、1ヶ月半ぶりに見るはなちゃんは体重が750g減少、これは体重の割合からすると17%に相当します。体重が60kgあった人なら、1ヶ月半で約10kgの減量を達成したことになります。いや、それはなんとも急激に痩せすぎです。背中がごつごつ、おなかの皮下脂肪が垂れて、緊張感なくたぷたぷしていました。身体検査に続いて、早速血液検査をはじめました。

血球の検査では白血球の数が多く、その割に赤血球の数は少なく、貧血がありました。そして血小板も少なめです。血液を回すと上澄みの血漿はうっすら黄色。生化学的検査をみると総蛋白は高く、なのにアルブミンがとても低くなっていました。はなちゃんは幼少期、なかなか治らない頑固な下痢のため他院から転医されてきたいきさつが有ります。これまでの血液検査でも総蛋白が高めのこともありましたが、こんなに(9.5g/dl)高かったことはありません。蛋白分画の検査と猫コロナウィルスの抗体検査を外注依頼することにしました。後日、蛋白分画からはα2,β、γ分画のグロブリンが高く、またFCoVの抗体値も1600倍と高めで、猫コロナウィルス感染症が濃厚に疑われました。

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<猫コロナウィルス感染症>

猫コロナウィルス感染症は、一般的な感染症です。猫コロナウィルスは世界中で猫の集団内に広く存在しているそうです。猫の血液中の抗体を調べると、抗体を持っている猫は案外多くみられます。これらの猫は軽い下痢などの腸炎症状を示すこともありますが、ほとんどは症状が見られません。抗体を持っている猫のうち35~70%が糞便中にウィルスを出します。この糞便から次の猫に猫コロナウィルスが感染します。猫コロナウィルスに自然感染した猫は1週間くらいで糞便中にウィルスを排泄するようになり、ウィルスを数週間から数ヶ月、まれには生涯を通じて排泄し続けます。無症状でウィルスを出し続ける猫はキャリアーと呼ばれています。こんな風にして、猫コロナウィルスは集団のなかで簡単に感染していきます。

1頭だけで飼育されている猫は猫コロナウィルスに感染していないことが多いです。

 

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<猫コロナウィルス>

猫コロナウィルスはウィルス学的には、ニドウィルス目、コロナウィルス科、コロナウィルス属、猫コロナウィルス(Feline Coronavirus : FCoV)という分類になります。RNAウィルスの中では最も大きいウィルスになります。さらに、Ⅰ型FCoVとⅡ型FCoVに分類されますが、多くはⅠ型です。(野外で流行している株の98%がこちらだそうです。)Ⅰ型FCoVが元祖FCoVといった感じの位置づけなのに対し、Ⅱ型はFCoVに犬コロナウィルスの遺伝子の一部が組み合わさって発生した新型FCoVです。(元祖とか新型という呼び方は、その特性から、今、ここで呼んでいるだけの名称です。一般的にこのように呼ばれているわけではありません。)従来は猫腸コロナウィルス(Feline Enteric Coronavirus : FECV)と猫伝染性腹膜炎ウィルス(Feline Infectious Peritonitisvirus : FIPV)の分類でした。

猫コロナウィルスは乾燥した環境の中で7週間も活性力を保持しています。(病原性を保っています。)ですから猫トイレのほか、人の手、服、靴などを経由して別の場所に運ばれここから間接的に感染する可能性もあります。けれどほとんどの消毒薬や家庭用の洗剤あたりでもすぐに失活する(病原性を失う)ので、しっかり洗って消毒すれば感染を防ぐのは難しいことではありません。

 

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<猫コロナウィルス感染から猫伝染性腹膜炎へ>

猫コロナウィルスに感染した多くの猫は症状がないか、または軽度の腸炎(症状は主に軽い下痢です)を示すくらいですが、この中の一部の猫は猫伝染性腹膜炎を発症します。9頭のうち1頭くらい(12%程度)が猫伝染性腹膜炎を発症するだろうと言われています。

猫コロナウィルス感染症が猫伝染性腹膜炎へと変わることの要因は、一つにはウィルス側の問題、もう一つは猫側の問題です。

ウィルス側の問題というのは、感染したウィルスが遺伝子変異することです。コロナウィルスは突然変異を起こしやすいウィルスです。突然変異により、低病原性の猫コロナウィルスから高病原性の伝染性腹膜炎ウィルスに変異します。ウィルスの突然変異を誘発する因子が何なのかは不明です。

猫側の問題として、「集団飼育で強いストレスがかかった猫」や「猫免疫不全ウィルスや猫白血病ウィルスなどのウィルスに感染した猫」に伝染性腹膜炎が認められていることから、ストレスや別のウィルス感染が引き金になっていることが考えられます。ストレス要因としては「新しい環境への入居」(新たな飼育環境:譲渡やペットホテルなども含まれます)、「引っ越し」、「手術」(避妊や去勢)などがあります。

 

猫伝染性腹膜炎はこのような

    強毒の猫伝染性腹膜炎ウィルス(FIPV)が猫の体内で生まれること、

に次いで

    猫に免疫系の異常が生じること、

が重なって発症することになります。

突然変異ウィルスに対して猫が免疫亢進状態になるのはどうしてなのか、その理由は分かっていませんが、アレルギー状態の亢進が起こります。

猫伝染性腹膜炎にはウェットタイプとドライタイプがあることが知られていますが、同じウィルスの感染症で症状の様式が異なるのは、猫の免疫系のうちどの系統が強く出たのかによるものです。少々専門的な話になりますが、猫の免疫のうち、主にBリンパ球が強く働くと免疫複合体が形成されてⅢ型アレルギーが引き起こされ血管炎がおこり、胸水や腹水を主症状とするいわゆる「Wet type」の猫伝染性腹膜炎を発症します。一方、主にTリンパ球が活性化されて細胞免疫の異常が起こると、Ⅳ型アレルギーになり、肉芽腫性の病変が腎臓やリンパ節につくられ、いわゆる「Dry type」の猫伝染性腹膜炎を発症します。

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<猫伝染性腹膜炎の不思議>

一般的な話ですが、ウィルス感染をおこすと体内にウィルスと闘う抗体がつくられます。抗体は抗原であるウィルスをとらえて結合し、ウィルスが働けないようにします。これが免疫力です。自然感染による能動免疫というのは、自分自身が作り出した免疫力で病気と闘い、打ち勝つ力を持ちます。

ところが猫伝染性腹膜炎の場合は免疫力があることが身体にマイナスに働きます。不思議なところですが、猫伝染性腹膜炎では、抗体があるとマクロファージ(細胞の名前です。この細胞を好んで感染していきます。)の中で抗体が外れてウィルス増殖が始まるので、逆に感染が強まってしまうのです。(専門的には抗体介在性増強といいます。)猫コロナウィルス抗体陽性の猫では、抗体介在性増強により猫伝染性腹膜炎ウィルスが爆発的に増殖し、発症は早まり、また症状も悪化していきます。

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今日のお話はここまでで、次回に続けます。

猫伝染性腹膜炎はいろいろと分かっていない部分が多く存在します。それはそのまま、診断の難しさや、治療法が確立できないことにつながっていて、完治させることができない病気になっています。

次回は猫伝染性腹膜炎を疑うときの猫の様子、確定診断へのみちのりについて、そして次々回は治療のことなどをお話しする予定です。

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