コリネバクテリウム・ウルセランス菌の感染

ちょっと前になりますが、お電話で猫のワクチンに関するお問い合わせがありました。

赤ちゃん検診で保健師さんから「飼育している猫にも3種混合ワクチンを接種して、赤ちゃんに病気がうつらないようにするように」言われたとのこと。「猫に3種混合ワクチンをしておかないと赤ちゃんを病気から守ることができないのか」、というご心配でした。 

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<その答えは?>

結論から言います。猫の3種混合ワクチンで防ぐことのできる病気は、ワクチン接種をしなかったからといって猫から赤ちゃんに感染する心配はありません。(が、猫を守るために猫にワクチン接種はしてください!)

さて、人には3種混合ワクチンがあります。猫にも3種混合ワクチンがあります。人と猫、名前は同じ3種混合ワクチンですが、予防できる病気の内容は違います。人の3種混合ワクチンは「ジフテリア、百日咳、破傷風」のワクチン。猫のは「汎白血球減少症、ウィルス性鼻気管炎、カリシウィルス感染症」の3つを予防するワクチンです。きっと保健師さんは猫の3種混合ワクチンも同じ名前なので、同じ病気を予防するものと思われたのでしょう。

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<コリネバクテリウム・ウルセランス>

2016年のことですが、コリネバクテリウム・ウルセランス菌(以下、ウルセランス菌と省略してお話しします)の感染により、お亡くなりになった方がいらっしゃいました。その調査が進められ、世話をしていた野良猫からの感染が疑われました。(猫から同菌が分離されています。)これが本年1月に大きなニュースとして取り上げられていました。ウルセランス菌はジフテリア菌と同じ仲間です。きっと保健師さんはこのウルセランス菌による感染はジフテリアを含むワクチン接種で猫を守ることができるのだと思われたのでしょう。小児の感染事例も2014年に報告がありますから。(国内初)

ウルセランス菌はジフテリア菌と同じ仲間なのです。そして同じように呼吸器系の症状を出します。ウルセランス菌に感染すると気道粘膜に「偽膜」を作ってしまい(どろどろしたタンのつながったような厚い膜が気道表面を覆ってしまうような感じです。しかも剥がそうとすると粘膜は出血してしまいます。)、それによって呼吸ができなくなってしまうのです。ジフテリア菌とウルセランス菌は同族ではあるものの別の菌なのですが、こうした現象を起こしてしまうのでジフテリアと同じように怖い菌です。ジフテリア菌はジフテリア毒素を出し、心筋の麻痺や呼吸困難を起こすこと、感染性が強いことから、感染症としてのランクが高い「2類感染症」に分類されています。日本と同じように発生のある諸外国、例えば英国やフランスではウルセランス菌もジフテリアと同じ扱いとしているようです。そのくらいウルセランス菌による感染症は怖い病気です。(しかしとても珍しいことのようです。)

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<動物から感染する?>

実は家畜ではウルセランス菌は常在菌の一つで、牛の乳房炎の原因になることがあります。(そのため生乳を飲んだ人が牛の乳から感染を起こすことがあります。)海外においては牛のほか、犬や猫などの動物が人の感染に関係することが確認されています。日本でも2008年の報告ですが、大阪の調査で、犬からウルセランスが分離されています。近年では家畜よりも犬や猫などの動物からの感染の報告が増えているようです。国内で報告のあった(公表されている)事例(2001年から201711月までのもの)でも、そのほとんどが犬や猫の飼育をしていたことが分かりました。

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<感染した人の症状は?>

はじめは「風邪を引いたのかな?」という症状から、のちに「のどが痛い」、「咳が出る」になり、「呼吸が苦しい」へと進むようです。
バクテリオファージ、ちょっと聞き慣れない名前ですが、細菌に寄生するウィルスです。このバクテリオファージがウルセランス菌に感染を起こすと、ジフテリアによく似た毒素を作り出すウルセランス菌になります。ジフテリア様毒素を産生するウルセランス菌に感染するとジフテリアそっくりの症状を出すそうです。

 

<犬や猫の症状は?>

感染動物の症状は無症状のほか、人と同じ、風邪に似た呼吸器症状をとるそうです。くしゃみや咳、鼻水、目やに、元気がないなどです。皮膚や粘膜に異常が見られることもあるそうです。

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<うちの猫の診断は?検査は?>

このような症状を出した猫が来院されたとき、私たちはウルセランス菌の感染を疑うことはありません。ワクチン歴や外出歴、そして臨床症状などから総合的に判断して、ほとんどは「ウィルス性鼻気管炎(ヘルペスウィルスの感染)やカリシウィルス感染症」を疑うでしょう。鼻水から菌を分離しようなどと思ったりもしません。もし長引く鼻水があっても疑うのは鼻腔内の腫瘍性疾患で、だから材料を採取することはしますが、細菌の検査ではなく細胞の検査をします。院内で採取物の一部を顕微鏡で観察し、詳しくは病理の先生に細胞を見て貰うのです。ここでは細胞を観察することに注目しますし、細菌は細胞に比べて非常に小さいので細菌が多量にあれば「おかしいな」と思うかもしれませんが、非常に強くウルセランス菌を疑うことはありません。まれに酵母様真菌による感染(クリプトコッカス症)を疑って採取物を院内で染色して観察することがあるかもしれませんが、これもやはり大きさに大きな違いがあります。

一般的に、猫の上部気道炎の症状だけでウルセランス菌を疑うことはないので、この菌を検出するための検査に走ることはないのです。もしご家族の方がウルセランス菌に感染した、もしくは疑いが濃いとき、飼育する動物の検査を行うことになると思います。この場合、材料を採取するのは「動物病院の獣医さん」ではなくて、公的機関の獣医師かもしれません。採取した材料を細菌培養に提出し、目的菌をウルセランス菌に絞って、この菌が発育できる特殊な培地(菌を増やすための環境)を用いて培養を行います。これはジフテリア菌も育つ培地ですが、培養して同じような様子が出るので鑑別は別の方法になります。

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<では悪化してしまうの?>

ウルセランス菌は抗菌薬による治療が可能です。私たちはふつう、呼吸器系の感染症があると「マクロライド系の抗菌薬」を主に使うのですが、これがウルセランス菌にも有効です。ウルセランス菌を対象として研究していらっしゃる先生には、発見の機会を提供することができず申し訳ないのですが、「もし、猫の病気が疑った病気ではなくウルセランス菌によるものだったとしても、他疾患のために利用した薬がウルセランス菌も殺している」状況です。

 

<猫からの感染を防ぐことはできる?>

屋内の猫に上部気道炎を疑う症状が出た場合は、他の猫への感染を防ぐために隔離をお願いします。(菌の蔓延を防ぐこともできます。)また、病気が早く治るように暖かい環境で過ごしやすくしてやりましょう。一般の病気では猫から人へ感染を起こすことはありませんが、投薬や排泄物の処理の際にはマスクと手袋をして貰うと安心です。外で過ごしている地域猫(野良猫)でこのような症状をしているのを多く見受けられるかもしれません。もし「外猫がひもじくてかわいそうだ」と思って餌やりをすることがあるとしたら、その猫を世話するときには必ず手袋やマスクを着用し、手袋を外した後もしっかり手洗いしてください。
日常生活を送る中で、一緒に暮らす動物に必要以上に神経質になることはありませんが、動物と口移しでものを食べさせるなどの密接な関わりは避け、ふれあった後は手洗いすることを習慣にしてください。日頃のふつうの衛生管理がそのまま感染リスクを軽くすることになります。

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<人へのウルセランス菌予防>

ジフテリアトキソイドを含むワクチンが有効だそうです。詳しくはかかりつけ医師や感染症に詳しい医師にご相談ください。

 

今日は前回に引き続き、公衆衛生としての人獣共通感染症、ウルセランス菌の感染症についてお話ししました。

 
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