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がんばったわんこ・そら君その2

 先週の続きです。

 

<何か有効な治療法はないのかしら>

病理結果が返ってくるまで、数日から1週間くらいかかります。途中でお休みが入ると長くなるし、運良く週のはじめだと週末には結果が分かる、というような具合です。そしてその間というのは最新の情報を集めるための時間のようなものでもあります。特に今回の場合は、いわゆる第一選択治療は外科だけれども、第二選択には何があるのかを結果報告と同時にお伝えしたいわけです。新しい治療方法はないか、あったとして実現可能な方法なのかというところを、腫瘍科の専門誌やら過去の論文やらを中心にチェックします。腫瘍の先生にこっそり教えてもらう、というのも一つの調査手段ではあります。

そうして調べていくと、一つの抗がん剤がヒットしてきました。値段は高いけど、3週間に1回の点滴治療。これなら実際できなそうでもありません。副作用の問題もさほど強くはないようで、高度獣医療を提供してくれる高次病院にゆだねなくても、ここで治療ができそうです。また、海外薬でもないので入手も困難ではありません。病理結果の報告日に、「抗がん剤による治療」をプレゼンテーションすることにしました。

 

<抗がん剤で治療してみませんか>

病理結果をご報告する日、外科ではないけど、消極的ではない腫瘍との闘い方を提案することになりました。

抗がん剤による治療の具体的な方法、治療に要する費用、考えられる副作用など、お伝えしました。ただ、この治療で「どのくらい生きられるのか」というこれからの見通しは残念ながら情報不足です。それでも、「3週間に1回、外来での治療」というのはお勤めを持つファミリーさんでも無理のないスケジュールです。やってみる価値はありそうです。実施していくことになりました。

 

<初めての点滴、抗がん剤治療>

初診からちょうど1週間後に当たる日から抗がん剤治療が始まりました。抗がん剤はほとんどが静脈内から薬を入れます。そしてそのまま入れるものもあるけれど、輸液剤に混ぜてゆっくり点滴していくものもあります。そら君に使ったのはインクのように濃い藍色をした薬で、これを輸液剤に溶くとまさしくきれいな「空色」になる薬でした。点滴中は「気持ちが悪くなる」様子や「吐いてしまう」ことも見られず、静かに治療を受けてくれました。第1回目の治療は無事に終了しました。

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<先生、安楽死してください>

初めての抗がん剤療法の3日後、ウンチはにゅるっと出てくるようになった、とういう報告を受けました。けれどそれからさらに5日後、「ウンチがシャーシャーなんです。これでは見ていられません。安楽死してください。」というお願いです。

たしかに抗がん剤の後、数日に渡ってウンチが緩くなりさらには水の様にまでなってしまうと、今後もこうした治療を受けていくことには大きな問題があります。けれどそら君はぐったりしているどころか、なかなか調子は良さそうです。よくよく聞いてみると、「今生の別れかもしれない、今のうちに好きなものを腹一杯食わせてやろう」ということで、大好物をいっぱい食べさせてもらっているようでした。これは、抗がん剤の副作用というよりは、急性の腸炎、食べ過ぎによる下痢の可能性が高いのではないかと思われました。それで、食べ過ぎの下痢治療をしてファミリーさんの気持ちの変化を待つことにしました。すぐに下痢を止めたかったので注射をしました。それから5日分の腸内細菌のバランスを整えるお薬を処方、フードも特別療法食に限定です。

その後の来院で下痢は注射1本で翌日からぴたっと止まった、ということでした。「お別れかもしれない」というと、好物をたくさん食べさせたくなるのは人情です。誰もが陥りそうな罠です。が、そら君のおなかのことも考えて、できるだけ日常的な食事を与えてもらうことにしました。そうして「下痢による安楽死事件」はそのあとずっと笑い話になりました。

 

<抗がん剤、順調です>

3週に1回の点滴治療を繰り返すうちに、「投与後1週間はちょっと食べが鈍る。その次の2週目は回復してきて、3週目は普通に食べられるようになり体重も戻る」、というサイクルがあることが分かってきました。排便や排尿は正常ではなかったものの、以前に比べ困難の度合いが減ってきていました。初診のときは9.25Kgだった体重もじわりじわりと増え、ついに10Kgを超える日もありました。「そこそこ元気で、オシッコの1回量は少ないけれど、トイレに連れ出す回数を多くすれば漏れずに出せる」ということでした。

抗がん剤の前の血液検査で異常値が出てくると「今週は休薬。お注射は延期。」になるのですが、休薬することもなく、そら君の治療はきっちり順調に進みました。

尿検査で細菌感染が見られることがありました。チョロチョロしか出ていないときに細菌感染は起こりがちなことです。抗菌薬で対応しながら無理なく過ごすことができました。超音波検査をすると前立腺もわずかですが小さくしぼんでいます。

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<オシッコの流れが悪くなってる>

けれど抗がん剤治療が5回目になるとき、おしっこをするのに身体に力を入れて「う~ん」というような絞り出すような姿勢をするが見られてきました。検査をすると前立腺尿道が狭くなっているのがわかりました。

尿道は前立腺の中をトンネルのように走りますが、そのトンネルが土砂崩れに遭って大変狭くなっているような状況でした。尿の通り道をなんとかするため、トンネル補修に相当する処置を行ないました。けれどそら君にはそれはとても違和感のあることのようでした。尿路を通しても症状は改善されず、むしろQOLは低くなってしまったようにも見えました。残念。

6回目の抗がん剤治療のとき、今度は尿管から膀胱への入り口の片方が狭まってきていて腎臓からのオシッコの流れが悪くなっているのが分かりました。けれど7回目のときにはそんな流れも一時的だった様で再び良好な流れに変わっていました。

それにしても、次に腎臓から膀胱への尿の流れが悪くなるのは間違いないことでした。

 

<尿の流れを確保する外科手術はどうだろう>

姑息的な手術という言い方をする時がありますが、腫瘍そのものを寛解目的に取り除くのではなく、生命維持に有効、延命に効果を発揮する手術があります。全部取り切らないけれど、小さくすることで圧迫を解除する手術や、うんちやおしっこの経路を確保するための手術もその一つです。そら君にはこうした尿路変更術、人工肛門設置術など、それなりのものを形成していかないと、この先が難しくなってきそうです。そして、その「この先」の日が徐々に近づいてきていると感じていました。どの方法がいいのだろう、どのタイミングでどんな方法を使うのがいいのだろう。こうなったときはこの手術、ああなったときはあの手術というような23回と手術を繰り返すことは、そら君にもそら君ファミリーにとっても負担が大きいため非現実的です。時間があればメモ帳に腎臓と尿管、膀胱から尿道の絵を描いて考えていました。

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<その日が来た>

腫瘍細胞は確実にそら君の身体をむしばんで来ていました。食事もだんだんと喜んで食べなくなってきていました。これまでだってファミリーさんの創意工夫、食べさせようとする熱意でなんとか食べていてくれたようなものです。おかげで体重減少も最小限で済んでいました。

抗がん剤予定日にはまだ少し早いある日、「いよいよ何をやってもそらが食べてくれない」と再診にいらっしゃいました。検査をすると尿から排泄されるべき窒素代謝物が体内に溜まっているのがわかりました。尿流が滞っている証拠です。もう待てません。尿路を変更しなければいけない時がやってきました。根治手術にはためらいのあったファミリーさんも、この事態回避のための手術に同意してくださいました。

こうして、「腎臓から出てきた尿管を膀胱から取り外してお腹の壁から外に出す」手術を行ないました。手術時間が短時間で済むように考えた末の手術方法です。

 

<おしっこがお腹の壁から出てきます>

尿路を確保するために前立腺の中を通過する尿道に特殊な管を通す処置をしたときにはひどい違和感で苦しんでいたそら君でしたが、今回の手術は異物が入らないためか、術後はとても快調そうでした。ただ、おしっこがお腹からいつも漏れ出てくるので術後はペットシーツやマナーベルトを装着したままの生活です。尿出口のまわりの皮膚がおしっこかぶれにならないように、また外部から腎臓までの距離が近づいたので前にも増して細菌感染を起こさないように注意は必要でした。でもそんなことは全然気にならないそら君、再び元気に、そして食欲も日々回復していきました。

 

<このごろ寝てばかり>

尿の出口は確保できましたが、諸悪の根源である前立腺がんは依然、身体の中で増殖を続けていました。そら君はこのころ、常にある鈍い痛みと同居しているようでした。昼夜となく、静かに寝ていることが多くなりました。

腫瘍はその塊の中に神経を通すことはなく、ひたすら増殖のための血管だけを豊かにしています。だから腫瘍があっても痛みがないので、自分の身体でさえも気づきにくいのです。しかし大きくなった塊がまわりの神経に触れると圧迫を感じます。そして骨に乗り移っていったときには尋常ではない痛みを感じることになります。前立腺は骨盤の骨に囲まれた中にあり、腫瘍が大きくなっていく段階で骨盤近くのリンパ節にも、骨盤の骨にも腫瘍細胞は飛び散っていきます。

腫瘍の増殖を抑える効果を期待して使っていた抗がん剤ですが、もう今のそら君に必要なのは痛みを抑えることなのだろうと思われました。それで、予定していた抗がん剤治療を打ち切ることにし、緩和治療に入りました。

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<そらが、そらが!>

「こんなところで寝てちゃだめでしょ」「ほらほら起きて、向こうに行きましょ」

最後の呼びかけに、そら君は応えることはありませんでした。ほんとにその場で寝ているような最期だったそうです。

あれこれ考えては頭を悩ませていたそら君との濃厚な日々の思い出と、痛みから解放されて良かったという安堵の気持ちと、いろいろ訳のわからない複雑に入り交じった感情がいっぱい、いっぱい押し寄せてきました。ファミリーさんも、病院のスタッフもみんな涙でぐっちょり。でも、よく頑張った。病気と闘ったそら君も、看護に介護に手を尽くしたファミリーさんも。

今でもそら君のお話がちょくちょく出てきます。ちょっと大きめのダックちゃんが来たとき、同じカラーのダックちゃんが来たとき、同じ太っちょ体型のわんこが来たとき、仕草が似ているわんこが来たとき。まぁ、いってみればいつもいつもです。

 

9月の第2日曜日はペットメモリアルデー。虹の橋を渡っていったペットたちに思いを起こし、こころを癒やすための日でした。
わたしたちは日頃「元気で生きていく」ことにばかり目を向けています。でも近頃はそれだけじゃないよね、って思います。「より良く生きる」ことと「その子らしく亡くなっていく」こともとても重要だよねって。

突然亡くなってご家族を悲しませてしまうわんこやにゃんこ、思いがけない病気になってしまったけど残りの時間をがんばって闘病してくれたわんこやにゃんこ、高齢だったけれどご家族の期待に応えてしっかり生きてくれたわんこやにゃんこ。どの子も、みんなみんな、愛情いっぱいのご家族と素晴らしい時間を過ごし、すてきな生き方をしてきたなって思い出しています。そしてその一部の時間でしたけれど、一緒にさせて貰えたことを嬉しく思います。虹の橋の向こうのわんこたち、にゃんこたち、すてきな時間をありがとう。そしてご家族のみなさま、すてきな思い出をありがとうございました。
合掌




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