僧帽弁閉鎖不全症の時の血液の流れ

 今日は「健康ハートの日」です。大切な愛犬の心臓病についてお勉強してみませんか?
。。。というわけで、心臓病のお話の2回目です。
 

前回は健康な犬の血液がどのように身体を回っていくのか、その経路をお話ししました。今回は心臓病の場合、血液はどのように流れるのかについて、僧帽弁閉鎖不全症を例にしてお話しします。血液の流れだけをお話ししていたら、動物看護の学生さん向けのお話しになってしまいますので、病気の犬のお話も交えながらお話しします。で、ちょっと長めになってしまいました。すみません。
僧帽弁閉鎖不全症を例えにするのは、犬の心臓病の大半がこの病気だからです。

 

1、弁の調子がちょっと悪くなってきたころ

心臓の調子が悪くなったからといって、すぐに「心不全」になるわけではありません。多少のことがあっても心血管系にも代償機構が働き、悪条件の中でもちゃんと動けるようなしくみになっています。

「僧帽弁閉鎖不全症」では心臓の弁(左心房と左心室を仕切っているのが僧帽弁です)が肥厚(厚く膨らむ)するため、弁が適切に閉鎖しなくなります。(難しく言うと「僧帽弁閉鎖不全症」は「変性性弁膜疾患」のうちのひとつになります。)弁がうまく閉じなくなると血液に乱れが生じ、本来、左心房から左心室への一方通行であった血液はわずかに左心房へ逆流することになります。逆流が軽いうちは、心臓の大きさや形を変えるほどの大きな影響は出ません。

 

私たちが診察するとき、血液の逆流があると「心雑音」として聴取することができます。そろそろ心臓が悪くなってきているな、というのが分かるのです。それで「心雑音がありますよ」とお伝えします。そして「お家での様子はいかがですか」と伺うと、「症状は全く出ていない」「調子が悪いことはない」といわれます。このような「心雑音はあるけれども症状はまだ出ていない時」、この頃が、心臓が代償作用を働かせ黙々とがんばっている時期です。けれど時間が経つにつれて、弁の障害は進んでいきます

 

 2、心臓の弁膜の構造と逆流の起こるしくみ

ここで心臓の内部構造のお話しを少々しておきます。弁の開閉が起こる仕組みを理解するために必要だと思われます。

心臓内部の底の方からにょきっと筋肉の一部分がせり出して突起のようになっています。このせり出しは乳頭筋といわれているものです。乳頭筋の先から飴細工のように細く伸ばした腱索(けんさく)があり、これが引っ張り紐のようになって、てっぺんにパラシュートの傘がついているのを想像してください。傘が弁膜です。乳頭筋の伸び縮みで腱索が動き、弁膜の開閉が起こる仕組みになっています。パラシュートが水を含んでぼてっと厚くなったり、引っ張り紐がほどけて細くなったり切れたりして、パラシュートを開閉する力が弱まってくるのが、変性性弁膜疾患です。心臓の左側の二部屋を仕切る僧帽弁だけでなく、右側の部屋を仕切る三尖弁でも同じような病態になります。「粘液腫様変性」とか「腱索断裂」などの専門的な言葉が診察中に出てくるかもしれません。

このようにパラシュートの傘がぼってりしたとか、紐が切れたりすると、パラシュートの傘を自在に開閉することはできなくなります。

 

このように弁膜疾患は物理的に砕けた状態なので、これを治療するには、外科的に修復するのが本来の治療なのかもしれません。内服薬で行う治療は暴れた血流によっておこされた二次的な影響をいかに少なくするか、暴れられた本家(心臓)をいかに長くもたせるのか、ということに過ぎないのです。心臓の手術を選択される方もいらっしゃると思いますが、多くの方は内科療法で治療します。そのままにしておいたらどんどん悪化してしまう心臓病を、早く見つけて、進行を遅らせるのが、今できる最も良いことではないかと思います。ですから心雑音はあるけれども症状はない時期を「なんともないけどなぁ」とそのままやり過ごしてしまうのは、せっかく早期に発見できたのにもったいないなぁ、と思うのです。

 

 3、逆流が進んできたとき

循環の方に話を戻します。弁の障害が増してくると逆流する血液の量も増えてきます。左心室に入るはずだった血液が左心房に戻ってくるので、左心房は拡張してきます。本来ならば大動脈へ駆出されるはずの血液が心臓内に滞っているわけですから心拍出量は低下してしまいます。全身レベルでは血液が足りないため、低血圧も起こるし、腎臓へ巡るはずだった血液の量も低下してしまいます。そして血圧の低下と腎臓への血液が減ること、この二つのことが代償機構を発現させるスイッチになります。身体は心拍数を上げたり、心臓が強く収縮するようにしたり、全身の細い動脈を縮めて血圧を上げようとします。また腎臓に対しては「レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系(RAA系)」が活性化するように働きかけ、循環血液を維持させます。RAA系は腎臓で塩分と水分を調節するシステムです。血圧が下がれば循環血液量を増やすように塩分や水分を保持しようとする仕組みが働きます。

このような代償機構が働くのは一時的にはとてもよいことなのですが、長く続くと、心臓や血管に負担をかけることになり、最終的には心臓病をさらに悪くするもとになってしまいます。

 

私たちが心臓病初期の犬にはじめに処方するのが「アンギオテンシン変換酵素阻害薬」とか「ACEインヒビター」と呼ばれるお薬です。「これはRAA系の活性化を抑え、心臓だけでなく腎臓も護るお薬です」とお伝えしていますが、心臓のこのような代償作用の仕組みから選択しています。

 

 4、もっと逆流がすすんできたころ

逆流がさらにすすみ、左心房の拡張が進行してくると、いよいよ症状が現れるようになってきます。代償作用も追いつかなくなった状態です。空気の通り道、気管は左心房の背中側を走っていますが、左右の肺に行くために気管が二つに枝分かれしている部分が、まさに心臓(左心房)の真上になります。ことに左の気管支部分に、大きくなった心臓が拍動とともにぶつかり、気管支は物理的な圧迫を受けます。これが心臓性の咳を引き起こす原因になっています。

気管、気管支は洗濯機の排水ホースのような形状をしています。丸い形を維持できるように硬い軟骨が細かく入っています。丸い輪を通過するとき、空気は音を出しませんが、草笛のように平たく潰れたところを通過する空気は「びゅーっ」という音を出します。勢いよく息をはいたときに出てくる異音、これが咳です。「ぜーぜー」とか「がーがー」というふうに聞こえるでしょう。興奮したり、運動したりして、交感神経が刺激されると咳は出やすくなります。

 

「咳が出るから咳止めの薬をください」といわれることがありますが、いわゆる咳止め薬を飲んでも、心臓性の咳は止まりません。気管支拡張薬を処方する場合も+ありますが、心臓病のお薬を中心に飲ませていただくことに同意していただきたいと思います。初期のうちは心臓系の薬の服用でコントロール可能だった咳も、心疾患の病期が進行してくるとコントロールが難しくなってきます。心臓病のお薬は「足し算」。徐々に進行するに従って薬も増やしていく方式です。

 

 5、さらに流れが悪くなってきたとき

左心房の膨らみが大きくなり、内部の血液量も増え、内部圧力が高まってくると、左心房に血液が入りにくい状況が起こってきます。左心房の前は肺静脈です。肺静脈圧が高まると、続いて肺の毛細血管圧も高くなってきます。ここの圧が高まってしまうと、毛細血管から血液の液体成分が肺の組織(間質)の中へ浸み出してきます。初期のうちは肺の組織(間質)にあるリンパ管が漏れ出た水分を出すように働いていますが、やがてそれも追いつかなくなると「肺水腫」になります。肺の組織(間質)が水分で膨れているだけでなく、空気の出入りがある部分(肺胞)まで水分が浸み出てくると、これは次第に広がり、やがて気管支の方まで押し寄せてきます。

 

この「心原性肺水腫」といわれる病態は大変危険な病態です。レントゲンの検査で判定しますが、撮影のために横になったり、うつ伏せになったり(本来は仰向けになって撮影しますが、とても呼吸が苦しくてできないのでうつ伏せ状態で撮影します)するだけでも命が危ないこともあります。

肺水腫のときにはピンクの泡状の水が鼻から浸み出してきたり、咳とともにはき出されたりします。本来、空気で満たされていなければいけない肺胞や気管支にこうした水分が充満すると大変苦しい状況です。目もうつろになってきます。

「肺水腫」の前兆として、元気がなくなったり、食欲がなくなったり、咳がひどくなったりしますが、「おかしいぞ!」を判断するのに呼吸数を測定するのが良いとされています。いつもより呼吸が早い時は要注意です。安静にして寝ている時は1分間に20回くらい。肺水腫が危惧される時は40回くらい。怪しいぞ、という時は30回くらい。ふだんから胸の上下する動きを見たり、手のひらで感じたりしながら「呼吸数を数える」練習をしておき、これを記録しておくといいと思います。

heart2haert」というアプリもありますのでスマホで検索してみてください。

肺水腫の発作は回を重ねるごとに回復率が減少します。初回の発作で残念ながら亡くなってしまうこともありますが、なんとか初回の発作を切り抜けても、次、又その次、となると回復できることが徐々に減ってしまいます。

 

 6、さらに、さらに悪くなったとき

左心室から全身へ駆出できる血液の量が徐々に減ってきます。心臓内に血液が満たされ心臓が膨らんだ拡張末期に心室を大きくするとその勢いで拍出量はかろうじて維持されています(スターリングの心臓の法則理論といいます)が、心臓病も後期に入ってくると、心臓は収縮する力も拡張する力も衰えてきます。それで心臓から出ていく血液量が減少し、全身循環が悪化します。

また、この頃には心臓の左側の部屋を仕切っている僧帽弁だけでなく右側の部屋を仕切っている三尖弁にも変化が現れてきます。全身から戻る血流も滞り、腹水のためにお腹が膨らんでくることもあります。

最終的にはコントロールができない心不全末期に突入していきます。

 

散歩の途中で元気に走って行った、その次の瞬間にマリオネットの糸が切れたようにくたっとしわがれてしまうことがあります。失神です。脳へ行く血液量が不足すると一時的にこんなことも起こります。

全身の血液がうまく回らないと、各臓器に酸素が運ばれなくなるためあちこちで十分な仕事ができなくなります。腎臓や肝臓などを含めた総合的な検査を頻繁に繰り返す必要があります。

 

 

 

今回はとても長くなってしまいました。

ここまで読み進めてくださってありがとうございます。
文章だけで説明していまして、図が無いと理解が進まないと思います。それで只今、お絵描き中です。間に合わなくてごめんなさい。

 

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