犬の細菌性心内膜炎

 細菌性心内膜炎(Bacterial endocarditis)のおはなし

 心内膜というのは心臓の内側の壁です。血液を送り出し常に血液と接している心臓の内側が心内膜です。心臓の内側には血液の逆流防止弁がついています。つるんとした内張りの中で弁は突起状構造物。パラシュートの傘と束ねる紐にたとえられる心臓の弁ですが、血中に流れてくる何かがあるとすれば引っかかりそうな構造です。

細菌性心内膜炎はまれにみる病気ですが「こんな怖い病気がある、でも予防ができる」というのを知っていただきたいと思い、お話しします。

 IMGP8688.jpg 
<チョッパーさん>

チョッパーさんは高齢のスピッツ犬。男の子です。急に元気がなくなり、食事がとれなくなって病院にやってきました。

いつもは元気はつらつ、診察台から隙あれば逃げ出すぞ、の姿勢をとるチョッパーさんなのに、動きが悪く、とてもだるそうでした。

ほんの1か月前の検診の時には血液検査のデータもよく、年齢の割に良好、お口が臭いのが気になるだけの結果でした。まぁ、麻酔をかけて歯石の治療をすることにはためらいがあるのはどこのご家庭でも同じです。そんなわけで、歯石のほかは何も悪いところは発見されなかったのに、急にこんなことになるとはびっくりです。何が起こったのか、ご家族の方にも全く心当たりがありませんでした。

 

身体検査をしていくとお熱が出ているのと、脈が強いのが感じられました。聴診するとあらっ?心雑音が聞き取れます。先月の記録では特別異常がなかったポイントです。

血液検査を行いました。白血球増加、反応性cタンパク質の増加、総タンパクが高く、感染症とか炎症を思わせるデータです。尿検査、血圧の検査、そして超音波の検査で、僧帽弁にぷっくりした膨らみを見つけたのでした。

それで、「細菌性心内膜炎」と診断して、治療を始めました。

 チョッパー
ぼく、チョッパーです。

<細菌性心内膜炎というのは?>

細菌性心内膜炎は、細菌のかたまりが心内膜にくっつき心臓の弁膜に問題が起こった病気です。発生頻度はそんなに高くありません。中型から大型の犬に見られます。

感染のもとになる細菌の巣が体のどこかにあることが素因になります。たとえば歯についた歯石のほか、皮膚や皮膚の下の感染(膿み)や肛門周囲の感染などです。

また、抗がん剤や免疫抑制剤などを使っているときは、身体が細菌感染に対し抵抗がなくなり、衰弱しているので病気発生のリスクは高くなります。

 

<原因は細菌>

原因菌はブドウ球菌や溶血性連鎖球菌、大腸菌、シュードモナスといったごく普通の細菌です。特殊な細菌ではありません。

身体のどこかにあった細菌が血液の流れに沿って全身にばらまかれます。これを「菌血症」とか「敗血症」といいますが、この流れで心臓の弁膜に菌が到達し、菌のおできが形成され、弁の動きが悪くなります。

IMGP8655.jpg 

<症状は?>

平熱のこともありますが、菌が身体に回っているときはたいてい発熱がみられます。

熱のために体が小刻みにふるえていたり、目が充血して赤くなっていたり、だるそうな感じがみられます。

またおう吐や下痢がみられるときもあります。関節が痛くて不自然な歩き方をすることもあります。

心臓の調子が崩れていると呼吸が荒くなります。

 IMGP8692.jpg

<診断へのみちのり>

聴診は診断に対し、とっかかりになる重要な検査です。心雑音が強く感じられます。急に心雑音が発生した犬で、年齢や僧帽弁閉鎖不全症になりやすい犬種かどうかを考慮し、臨床症状やそのほかの検査で細菌感染を疑わせる要素があるかなどをみて総合的に判断します。中~大型犬でよく見られる心臓病は僧帽弁閉鎖不全症ではなく拡張型の心筋症ですが、心雑音の種類が心筋症とは違うので、細菌性心内膜炎が可能性として高く浮上します。

血液検査で感染性の病気で現れる結果(白血球が高い、血小板が少ない、総蛋白が高い、アルブミン値は低い、アルカリフォスファターゼ活性が高いなど)が出ると裏付けになります。

そして心エコー検査で弁にいぼ状のできものがみられるとほぼ間違いなし、という具合です。

そのほか、尿検査でタンパク尿や、細菌尿を見ることもあります。

 IMGP8656.jpg

<ほかの病気もおこしてしまう>

細菌性心内膜炎に続いて、うっ血性心不全を起こします。いわゆる弁膜障害が発生しているので心臓にまつわるいろいろが起こってくるのです。疲れやすい、だるい、動くのをいやがる、呼吸がしんどそう、咳が出る、などがうっ血性心不全のときの症状です。発熱しているときと似ています。

それから細菌に対して体が免疫複合体を形成するために、関節症や筋炎、糸球体腎症などの心臓以外の臓器にも異変をおこすことがあります。このような病気を「多臓器疾患」と呼んでいます。

とにかく非常に重篤な結果に発展してしまいますので、早く診断をつけて適切な治療に進めないと危険なのです。

 IMGP8719.jpg

<原因療法は菌を殺すこと!>

心臓の弁にできたいぼ状の塊は、中心部の細菌を細胞やそのほかの組織で取り囲んだつくりになっています。原因細菌を抗菌薬で攻撃しようとしても周りの組織に阻まれて中の細菌まで到達するのがなかなか大変です。そのくせこのいぼからは血流に乗って遠くの組織に向け、いつでも菌の塊が届けられようとしている状態です。ひとたび血栓として遠くの組織に流れ出せば、その組織で再び菌の巣を形成し始めてしまいます。早く確実に菌を撲滅させなければいけません。そのために良好なマッチングを持った抗菌薬を高濃度でしかも長期にわたって使用する必要があります。

はじめは静脈内点滴と一緒に抗菌薬を投与します。こうすると血液内にある抗菌薬が高濃度でしかも目的とする場所に確実に到達できます。静脈内投与は経口投与に比べると優れた投与方法です。

状態が安定しても抗菌療法は6週間以上続けます。できれば静脈内で投与する期間も長い方が良いです。うまくすると、驚くほどの劇的な改善があります。そうなると安心です。

 

<補助的な治療も>

抗菌薬を体内に投与する媒体としてだけでなく、体液や電解質のバランスをとる目的でも点滴療法は有用です。

食事がうまく取れない間は栄養療法も必要になります。

 

<心臓の治療>

弁にできたいぼのために、弁の働きが悪くなり、うっ血性心不全を起こします。はじめはそんな兆候がなくても、僧帽弁の開閉が悪くなっている状態が続けばいずれはそうしたことが起こってきます。

ACE阻害薬や利尿薬、強心薬など心臓を補助する薬の服用が必要です。

また心臓を守るため、低ナトリウム食や運動制限も大事な治療の範疇に入ります。

 IMGP8657.jpg

<治療を成功させる秘訣は?>

急性に変化した病態を見つけたらすぐに病院へ向かいます。そして私たちもきちんと診断をつけ、積極的に治療を行うことが大切です。

それから「こんなもんで大丈夫じゃないのかな」なんていう遠慮は禁物です。「まだやらなきゃダメなの?」と思うかもしれませんが、ダメ押しをかけるくらいしつこく菌を叩くことが大切です。目に見えない菌ですから。

 

<予防はできる?>

原因は身体のどこかに巣くった細菌です。体のどこの部分であれクリーンにしておくことが予防になります。歯石や歯肉炎はここだけの問題として無視されがちですが、全身を侵す怖い病気につながるという意識をもって治療することは大変重要なことです。

人でも同じ病気があります。人で感染性心内膜炎(人では細菌性心内膜炎とはいわず感染性心内膜炎のようです)の元になる菌血症を起こした原因を調べたところ、歯科治療や歯周炎などの口腔内処置が最も高かったそうです。

犬の場合もおそらく歯科関連の細菌が多いのではないかと思います。やはり歯周病はそのままにせず、しっかり治療をすること、そして歯科処置後に処方される抗菌薬も「歯がキレイになったのだから要らないだろう」とサボることなく、処方された分をしっかり飲ませていただくことは大切ですね。

普段、私たち動物病院側も高齢犬に全身麻酔下で歯の処置をすることに対して、どうしても消極的になってしまいますが、それは決して犬のためになっていないことを理解してもらい、治療に協力していただくしかないと思います。

 

細菌性心内膜炎のお話はこれで終了です。
8月10日は「健康ハートの日」。大切な心臓に注目していただけたらうれしいです。

 

 

注)さらに深く知りたいと思われる方のため、これまでもつとめて括弧内に英語表記をするようにしてきました。動物の病気に関して英語でのオーナーさま向けサイトは多数あり、一部日本の実情に合わない部分もありますがおおむね参考になります。

今回の話題は日本獣医学会疾患名用語集に基づいて「細菌性心内膜炎」(Bacterial endocarditis)を使用していますが海外の文献も調べたいというときはInfective endocarditis(感染性心内膜炎)で検索されると良いかと思います。

 

 

スポンサーサイト

テーマ : 動物病院
ジャンル : ペット

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

ハート動物病院

Author:ハート動物病院
ハート動物病院です。
〒445-0062
愛知県西尾市丁田町杢左51-3
TEL/0563-57-4111
オフィシャルサイト:http://www.heart-ah.com/

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブログランキング
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード